今週は間を空けて二本立て。。。
前回に引き続き、『追手前の校内探検ツアー』から・・・。
③ 時計台
スクールシンボルであるこの時計台は屋上から17.5mの高さがあり校舎が3階建て、合わせて30mほどの高さになります。
建物のデザインは帝冠(ていかん)様式。
伝統的な和風様式の時計台を載せた独特の外観。
内部は鉄筋の階段が上まで続いている。
右下:④ 奉安殿(ほうあんでん)
屋上の東隅に建てられた奉安殿、これは戦前戦中にかけ各地の学校でも、天皇皇后の写真(御真影)と教育勅語を納めていた建物。
当時、式典の際には、職員生徒全員で御真影に対して最敬礼を奉る事と教育勅語の奉読が求められ、登校時や単に前を通過する時なども、職員生徒全てが服装を正してから最敬礼するよう定められていたそうです。
また日本が第二次世界大戦で敗れた1945(昭和20)年12月15日GHQの神道指令のため、奉安殿は廃止へ。
そんな事もあって・・・。
写真の上部にある菊の紋は、その紋を削ろうとした跡。
この奉安殿、鉄の扉で・・・鍵は開いているものの、今では鉄錆が付着し中は確認することが出来ず・・・。
そこで一緒に見学していた男子生徒、三人が案内係の先生に許可をもらって扉を開くことに。。。
三人とも顔が真っ赤になるぐらい躍起になって・・・(ヴーッ!)。
それでも扉はビクともせず・・・(頑)。
見てたお客さんと先生も皆で笑った。。。
とても男前でチャーミングな追手前生、三人組。
ありがとう♡。
右下:屋上から観た高知城(西側)
⑤ 校史資料室
芸術ホール地下にある資料室。鎧兜から時代写真など貴重な資料や、様々なものが陳列された部屋。
下:喜波校長先生のシルクハットと帽子ケース
左下:昔の講堂模型。
現在の芸術ホールは落成が昭和61年。
校舎の東側に設立。
それまでは、このギリシア建築の講堂が建っていました。
右下:取り壊す前の写真
何となくアニメ映画:スタジオジブリ製作の『コクリク坂から』に出て来そうな・・・。
高校生たちが「カルチェラタン」の取り壊しについて、講堂でやりあってる、あのシーン。
ここもそんな熱い時代があったかのかも知れん。。。
左下:『仏郎斯小字典』・・・。
きっと、その筋の人からしたら、物凄い書物に違いない。。。
と!ここで校内探検ツアーは終了。
案内係の先生にも心より感謝です。
左下:教室での催し。
途中、甥っ子の朋也(高3)に遇う。
朋也の横に居た男の子が、この人は?って言いよったき、「いつも朋也が、お世話になっています。叔母の中山みちです。」って紹介させてもらいよったら、朋也のヤツ、そそくさ居らんなりよって。。。
朋也さん~。
「そんなに恥ずかしいですか!?。」
すみませんねえ。
何か分からんけど、これからは気をつけます(笑)。
そんなこんなで・・・。
右下:コレ追手前高校が名物 『特大黒板消し』
この大きさやったら一気に3行ばあ消せるき・・・。
先生が板書したら、生徒も急いでノートに写さんと、これですっと消されるがやろうねえ。
恐るべし特大黒板消し。。。
で!学園祭を楽しんだ後は、近くの喫茶カフェ・ド梵(ボン)にて休憩。
左下:アイスコーヒーと自家製シフォンケーキ
互いの良さを認め、腹に溜めることなく、話が出来るということは本当にありがたい。
容子さん「ただ遊びに来るときは、家に憂いを残して出て来てはいけません。」
何時、何が起きるかも判りませんから。
もし、それで容子さんが傷付くことあらば、こちらはやり切れません。
言うても、もう私ら中年の大人です。
そういう事も、ようよう始末していかなあいきません。
宜しくお願い致します(笑)。
次は奈良で会いましょう。
その時は市内にあるワインバーを紹介させてもらいます(逆輸入)。
しかも聖徳太子が経営(笑)。
楽しみにしちょいて♡。
ではin土佐これにて終了です。
皆様、お付き合いありがとうございました。